広告主

花王株式会社 簑部敏彦さんに聞く
「広告業界がキラキラするために今必要なこと」

みんなで港から海に出て、一つの場所を目指す。

―― 自己紹介からお願いします。

簑部簑部敏彦です。
花王に入社して以来、インハウスクリエイティブの
部署で、
ブランディングや広告コミュニケーションを
担当しています。

―― 日本のメーカーでインハウスの
クリエイティブをもっている会社は
多くないと思いますが、
その中で花王を選んだ理由を教えてください。

簑部部内には、コピーライター、グラフィックデザイナー、
WEBデザイナー、プロデューサーといった職能を
持つメンバーがいますが、僕はコピーライターとして
入社しました。


もともと広告に興味があったわけではなく、
実はFM局で番組制作をしたかったのですが、
募集人員は少ないしどうしようか考えているときに、
広告も音楽の存在が大きいと思って
花王に応募しました。

父は理系の技術職なんですけど、
書斎になぜか置いてあった広告批評を
子どもの頃に読んでいたことも
影響しているかもしれません。

―― 広告会社さんのクリエイティブと役割や、
やることに違いがありますか。

簑部広告会社で働いたことはないので
比較はできませんが、メーカーのインハウス
という点で、広告よりもブランドや製品を通して
まっすぐ生活者をみて、逆に生活者の立場に立って
まっすぐブランドや商品を見る、
という仕事環境かな、と感じています。


ブランドの先にいる生活者と距離が近いことも、
面白いと感じるポイントです。

またSNSの広がりで、広告やブランドと
製品への反応がダイレクトに届く機会が増えて、
生活者とより近づいたとも思います。

部内で「作成クラフト」と名付けて、
自分たちだけで企画、撮影、編集、
ときに出演など内製しているコンテンツもあり、
みんなで悩みながらワイワイと作っている姿も
楽しそうです。


クリエイターである前に自分たち自身も
生活者なので、同じ目線に立って、便利な使い方や
コツ、暮らしのお役立ちなどの内容を
企画制作しています。

―― クリエイティブに携わられている中で、
個人的なターニングポイントになった仕事は
ありますか?

簑部色んなカテゴリーを経験させてもらった中でも、
やはり立ち上げから関わったブランドは、
社内外の関係者でゼロからいいものを生み出そう
という気持ちから一枚岩でできた印象が
強いですね。


キュキュット、アタックneo、アタックZERO、
ソフィーナiPなどで、特にキュキュットは
自分が手掛けたネーミングやキャッチコピーが
採用されたので感慨深いです。

―― 今は部長という立場だと思いますが、
仕事のやりがいや変わったこと、
変わらないことはどうでしょう。

簑部花王が創業以来、本質的に大切にしている
「人起点・生活者起点」は変わらないですね。

花王社員にしみ込んでいて、コミュニケーション設計や
広告表現などすべてに通じていると思います。


あとは立場上、全ブランドの動きを
見ることができるのは面白いです。

使ってくださる方は同じだとしても、
カテゴリーによってインサイトも市場環境も
まったく違うので。

変わったことは、多角的に配慮する必要は増えて、
クリエイティブのことだけを考える
というわけにはいかないところでしょうか。


俯瞰的なブランド視点やマーケティング視点も
ですし、人財や組織マネジメントなども、
当然それまでになかった仕事です。


2020年に部長になったときに、部内メンバーと
「何のために働くのか?」という目的を握りたい
と思って時間をもらいました。


根源にあるのは、生活者からのありがとうのための
プロフェッショナルになろう、
誰かの幸せのために働くんだよね
という生活者視点=「Human-Centered」です。

そのための
「Empower Creative for Happy Experience
(幸せの体験のためにクリエイティブを強くしよう)」という
考え方を共有しています。


人の顔がうれしさでパッと明るくなる、
いいね!と直感で感じるものをどうやってつくるか、
それを考えることを忘れないようにしよう
と伝えています。

―― 一人でも多くの「ありがとう」が生まれるために
何ができるか、は職場のメンバーも
心に刻んでいます。
そのために頑張ろうと。

―― それでは本題の質問から、今、簑部さんが
広告の現場で、何かおかしいな、とか
違和感のあることなどは
ありますか。

簑部ずっと広告業界にいるので、
見えなくなっていることも多いとは思いますが、
新興のデジタル企業やスタートアップ企業と
お仕事をさせてもらうときにハッとするのは、
仕事を断られることです。


「自分たちの領域じゃない、得意なところではない」
と言ってくれるんですよね。

さらに、その分野なら、
と別の会社を紹介してくれたり。

広告業界って総合的になっていて
「やります、できます、全部やらせてください!」
ということが多くあるように思っていて、
その結果うまくいけばいいけれど
アップアップになったりすると、

お互いにとって幸せじゃないなぁ、と。

人も企業も得意不得意があるのは当たり前で、
よりよいものを作るために、事業主の僕たちが
その情報収集をしなきゃいけないと思うし、

多種多様な組み合わせで仕事するのは大変だけど、
そのぶん面白くなるんじゃないかな、と感じます。

―― なるほど。
簑部さん自身が情報収集で心がけてること
などはありますか。

簑部飲みにいくことですね(笑)

コロナ禍で外出が難しくなって以来
ようやく復活してきましたが、広告業界だったり
クリエイティブ界隈の人たちが集まるところに
出かけて
楽しく飲みながら、
どんな仕事しているのかな、
どんな会社なのかな、というのを知ることが、
すぐに仕事に直結しなくても
自分の引き出しになっている気がしています。

―― なるほど(笑)
得意不得意がある中で、仕事上
「初めましてのときに」相手の苦手なことなどを
引き出すのって
難しいかな、と思うのですが
引き出すコツがあれば教えてください。

簑部えっと…、飲みにいくことですね(笑)

いや、最初の出会いが仕事じゃないというのは
僕にとっては大きくて。
ざっくばらんに話せる雰囲気と場で、
まずは気軽にコミュニケーションができると、
その後仕事で関わっても人となりが
分かっているので、議論や仕事がしやすいですね。


お酒や、そういった場の好き嫌いは
もちろん人によるものなので、
とにかく話そう、ということ。

去年は部内研修として業務時間に、
取引のある制作会社さんの
プロデューサーさんたちと花王のCDたちとで
対話する機会を会社ごとに設けました。


撮影や編集現場ではなかなかゆっくり話せないので、
その機会を作ろう、と考えて。


お互いが思っていることや
各々の野望についてなど、
2時間があっという間に過ぎて、
皆すっきりした顔だったことを覚えています。

―― 普段お互いが何を思っているか、
お互いのキャリアの話とかは
聞く機会がないので面白かったです。

簑部異業種の事業会社同士でもやったことがあり、
それもとても盛り上がりました。
マネジメントとしては、意識的にそういった機会を
作る必要があると思います。

―― 他にも広告を扱っていておかしいな、
と思うところはありますか。

簑部テレビCMって昔はトイレタイムなんて言われて、
いまはデジタル広告もブロッカーがあったり、
僕たちはなんでわざわざ嫌われるものを作るのか?
という根本的な悩みがあります。


いつだったかSNS投稿で、
「素人が作った面白いコンテンツ映像を見るために、
プロが作ったつまらないCM映像を見なければいけない
仕組みだ」 というつぶやきがバズって、
ショックを受けたんです。

でも、そのとおりだとも思って。

ただ逆にいうと、
見たいものを届ければすごく好かれるだろうし、
特にデジタルであれば、ユーザーが
その輪に入りたい、自分たちの輪に
入れてあげてもいい、あるいは、
この空間に入りたい、体験したい
と思ってもらうことができるだろうし、

僕らがアイデアのために知恵を絞って、
クリエイティビティを発揮することが
必要だと感じています。

マーケティングの数字の部分だけ追いかけると、
理路整然とロジカルに伝えないといけない傾向に
陥ったり、
調査結果や数値に重心が傾きがちで、
それは正しい内容でも、人のぬくもりみたいなものが
抜けていくと感じています。


人の心は数値では測りきれないものなので、
クリエイティブはそこにもう一度、人のぬくもりを
戻してあげる役割だ、と思っています。


生活者がもっと「見たい」とか
反射的に「ステキやん」と思うことが大事で、
そこにクリエイティビティを発揮しないと、

それこそAIが作ればいい、
という話にもなってしまうし、
これからは、ぬくもりのクリエイティビティが
大事になってくると思います。

―― 現場とかで感じるおかしな点はありますか?

簑部制作のプロセスや現場は変わっていない、
というところはありますね。
革新的な手法が生まれていない、というか。
むしろコロナ禍以前に戻っているようにも思います。

海外ではコロナ禍の前からリモート撮影を
取り入れているのを見ていると、
リモート撮影がいい、
ということじゃなくて、
できないことややりたいことを実現させるには?
という視点で制作現場が変わっていくと
いいのかな、と思います。


そのためにもう少しプロデューサーさんから
提案があってもいいのに、とも感じます。

広告の長い歴史のなかで手法が確立されて、
僕らは安住してしまっているのかもしれません。

―― 今の話と繋がりますが、広告会社や制作会社、
現場の方々へ伝えたいことはありますか。

簑部お互いの関係をフラットにして、議論したり、
情報交換ができるといいんだろうなと思います。

川上川下、上流下流という言い方がありますけど、
上から下に川下りをするのではなくて、
みんなで港から海に出て一つの場所を目指す。

一緒の船を漕いで、海にうねりを生み出す関係性に
なりたいです。


今はCM1本作って終わり、
という短期的な仕事だけではなく、
ブランドを一緒に育てるという
中長期的な仕事も多いので、
上下じゃなく、横並びでの実践が大事だと
思っています。


そのためには僕ら事業主が
垣根を壊さないといけないし、
一緒にやっていくチームづくりができると
いいと感じています。


これは社内のマーケターとも同じ関係だと
思っています。
同じ船に乗っている感覚で、
お互いをリスペクトしながら、
すべては分かり合えなくとも分かり合おうと
すること、あるいは分からないことは
分からないと分かる気持ちが大事。


幸い、花王ではうまくいっていることが
多いように感じています。

―― そうですね、そう感じます。

簑部なんというか、それぞれのクリエイティビティを
尊重しようということを大事にしたいという意味で、
クリエイターと呼ばれる人だけでなく、
たとえば営業さんもストプラの方も全員
クリエイティビティを持っていますよね。


自分はクリエイティブ職じゃないと
職能や役割で線を引くのではなく、
出自やバックグラウンドは持ちながら、
相手のクリエイティビティを受容して
意見に耳を傾ける姿勢、アサーティブといった、
そういう関係性を持とうというマインドセットが
大切な気がします。


「世の中をよくしようという想い」がもう
クリエイティブというか。

―― 少し突っ込んで、一丸となれる現場と
そうでない現場、その違いなどはありますか。

簑部うーん、そうですね…、
皆さんやりたいことがそれぞれに何かしらあって、
それがぶつかり合うのはいいことなんですけど、

実現したいことの視線が生活者や社会に向かわずに、
自分の欲が先行するとバラバラになりがちだと
思います。


最終的に見ているゴールや景色が同じことが
大事だと感じています。

―― このサイトは学生の皆さんも
見られるようですが、広告業界って
どんなイメージなんでしょう。
今回のテーマ「広告業界をキラキラさせる
ために必要なこと」って何だと思われますか?

簑部少しまえ、外食していたときに隣にいた
学生さんらしき二人が、
「広告業界よりコンサル業界だよ」
と話しているのを耳にしたことがあります。


今は誰もが、機材を揃えなくても
スマホで撮ったもので充分クオリティ高いものが
できてしまうし、
しかもクオリティの意味も
変わってきていて、コンテンツが皆のものに
なったことで、プロが作る映像にあった憧れは
薄れたのかな。

とはいえ、広告業界にいるとキラキラしている人
っているんですよね。

新しい表現に挑戦して突破を試みる人や、
地域創生などで活躍されていて広告業界が
バックグラウンドの人もいるし、
広告を作る力を
活かして社会貢献、社会づくり、地域づくり、
あるいは価値づくりに転用、拡張できる人が増えると
変わっていくのではないかな、と感じますね。

もともと人とブランドの接点をつくる仕事だから、
人と人、人と社会をつなぐ「接着」という意味では
変わらないし、発想を商品やサービスだけに
閉じなくてもいい。


広告を作る仕事から、困っている人のために
仕組みやサービスを作る視点に広がったり、

体験を生み出すことが加わっていって、
それが世の中の目に触れるようになれば、
広告業界全体がキラキラを取り戻せるのではないかな、
と思います。

―― ある意味広告の枠を超えていく感じが、
少しずつでも広がるといいですよね。

簑部そうですよね、そう思います。

簑部 敏彦(みのべ としひこ)

花王株式会社にコピーライターとして入社。
ヘアケア、スキンケア、ヘアコスメ、ファブリックケア、ホームケア、化粧品などの各ブランドやRecyCreationなど、ブランドづくりとコミュニケーションの企画制作を担当。
2017年よりクリエイティブディレクターを務め、ファブリック&ホームケア担当部長を経て、2020年1月よりコミュニケーション作成部長。
アタックNeo、アタックZERO、キュキュット、ソフィーナiPはローンチに関わり、キュキュットはブランド名や、キャッチコピーである「すすいだ瞬間、キュキュッと落ちてる」のライティングも。

  • 聞き手/花王株式会社
    作成センター コミュニケーション作成部
    クリエイティブディレクター
    矢島 由香
  • 記事公開日/2024.12.1
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