制作スタッフ

映像監督 渡邊哲さんに聞く
「広告業界がキラキラするために今必要なこと」

―― 自己紹介をお願いいたします。

渡邊監督をしてます。渡邊です。
あと、マネージメントの会社をやってます。

―― 本日はディレクターの渡邊哲さんに、
いろいろ聞いていきたいなと思っています。
どういう経緯でこの映像業界に入ったのか、
お話を伺えますか。

渡邊昔から写真が大好きで。
もうずっと大学時代から
一生懸命やっていたんですけども。
震災を機に被災地のドキュメンタリーを撮る
映像のお手伝いを始めてから、
映像も好きになっていきました。

大学卒業したら、一人でふらふら写真とか
映像とかをやって生きていこうと思ったんですけど。
たまたま両親が安心しそうな銀行に受かって。
両親からは2年働いたら好きにしていいよ
と言われていたのですが、2年で辞めれなくて、
結局3年ちょっと働かしてもらってました。


そこから写真家の直アシにつかせてもらうか
迷ったんですが、直アシについて
写真しかできなくなるのも当時は迷って。

当時インスタレーションや映像も
すごい興味あったので
『DRAWING AND MANUAL』っていうところに
入りました。


そこは頑張ればなんでもやっていいよ
みたいな空気があったので。
でもいつの間にかやっぱり映像の比重が
どんどん大きくなっていって。

最初はカメラマンとして
現場に呼ばれるようになったりして、
いろんな監督の撮影もやらしてもらって、

そこで「監督をやりたい」って言い続けて、
監督の仕事も来だしたみたいな。笑

―― 『DRAWING AND MANUAL』に入ったときは
カメラマンだったってことですか?

渡邊いや何者でもない、ただの元銀行員の若造でしたね。
アシスタント?みたいな感じで。

―― “なんでもやります”っていう感じで入って、
写真が好きだったこともあって
カメラの仕事に
少しずつ呼ばれるようになって…
そこからディレクターの仕事にも
つながって
いったんですか?

渡邊 そうですね。

―― 銀行員をやってるその3年間は、
何か映像に関わることってやっていました?

渡邊めちゃめちゃその時、写真の仕事を
隙間にたくさんやってて。
週末だけ、フェスの写真とか、ファッション系の
雑誌のちっちゃいページとかを撮ってたんですよ。

「週末だけなら僕行けます!」みたいな、
ちょっと嘘ついて(笑)、
でも本気で頑張ってやってました。

―― そうするとディレクターをやり始めて、
今8年ぐらい?

渡邊そうですね。
25で入って、27,8ぐらいまでアシスタントやって、
今年33、34?
なので、7年くらいですかね。

―― じゃあ今ディレクターをやっている中で、
やりがいみたいなものっていうのは
どこにありますか?
やっていて面白いなと思うことでも
いいんですけど。

渡邊もちろん各フェーズでやりがいを感じる瞬間が
たくさんあるんですが、コンテ考えてる時に、

ワクワクする時はディレクターならではな気がして、
楽しいですよね。

―― それって具体的にどういうときですか?

渡邊企画コンテから、こうやったら、
みんなワクワクしてくれるんじゃないか、
こうなったらみんな幸せかなみたいなことを
考えるのが好きで。

色々あった課題を、こうしたら一気に解決できるとか。
ディレクターのやりがいではあると思いますね。

―― なるほど。
では、ディレクターとして
一番大切にしていることっていうのは?

渡邊広告ディレクターとしては、
企画の本質をちゃんと伝えることですかね。

―― 広告ディレクターとして、
という前置きがあるってことは、
例えば映像作家としては、
どこを大切にしていますか?

渡邊映像作家としては、
もう自分の気持ちじゃないですかね。
感情をどうのせるかというか。

―― じゃあ例えば、映像を作る上で、
プロデューサーよりもディレクターが
中心になって、
スタッフを引っ張っていく場面が
多いと思うんですけど、
そういったチームで一つの作品を
つくり上げていく中で、
「一番大切にしていること」って、
何かありますか?

渡邊そのスタッフに対して
大切にしていることですよね。
尊敬して、尊重して接するっていうこと
じゃないですかね。
あと自分の、家族の、貴重な時間を使って
やってもらってるから、
やって良かった仕事だったな
と思って欲しいですね。

―― では、CMの制作現場において、
自分がおかしいなとか、
これはこうじゃない方がいいのになっていう、
環境などありますか?

渡邊やっぱり、労働環境の話はありますよね。
時間。とお金。

―― 香盤的な?

渡邊香盤って、結局のところ
一番はお金の話だと思うんですよね。
すごく極端なごく一部の例を挙げれば、
海外の次の撮影まで最低12時間は
空けなきゃいけない。

10時間空けなきゃいけないとか。そういうルール。
めちゃくちゃ大事な気がしてて。
ちゃんと休まないと、寝ないと、事故も起きるし
危ないし、何より、良いものも絶対に作れない。
アングルチェックを終えて、本番もフラフラのまま
撮影に入る…みたいなのって、
本当に良くないなって思います。

―― ちなみに何が原因だと思いますか?

渡邊たとえば、めちゃデカいムーブメントが起きて
「このやり方が一種の決まりだよ」っていう前提の
ルールが共有されていて、
その上で仕事を受けて、、って実装されていけば、
少しは改善されるんじゃないかなって
思うんですけど。
でもそれってしばらく無理な話だなと思う。
だからこそ、こういう企画が大切で、
声にしなきゃだとは思いますが。

―― 個人的に最近あったのは、
お金の問題に至る前に、
タレントのスケジュールでそうなる
っていうのはありました。

渡邊 それも、めちゃめちゃありますよね。

―― じゃあ、ディレクターの立場から、
例えば制作会社に対して
「こうしてくれると嬉しいな」とか
「ここがちょっとストレスなんだよね」とか、
「これはあんまり良くないな」って思うことが
あれば
教えてください。

渡邊プロダクションに対しては、根本、
愛を持ってやってくれればいいなと思うんですけど、
あまり愛が足りない時があるなと思いますね。


いろんな広告物の映像に対して、その仕事に対して、
スタッフに対して、愛がないと。

でも、その愛がなくなる状況っていうのは、
ものすごい忙殺されているとか、
何個も案件を掛け持ちしているとか。

プライベートで何かあってとかは
全然しょうがないというか、
そっちを優先すべきだとは思うんですけど。

―― 人手不足。

渡邊そうですよね。
一番表層的なところで言うと、やっぱ愛がないと、
この仕事やってて楽しくないと思うんですよね。

完成したときの喜びとかもないと思うし、
やりがいも感じなくなるし。

僕的には、何を作るかっていうより、
誰と仕事をするかっていうことが、
大事な気がしちゃって。

この仕事って、何を作るかより誰とやるかっていうか、
誰と仕事するかで、「いい仕事だったな」って
思えるかどうかが変わることって、
結構あると思うんですよ。
だから、やっぱそこには愛がないと。

―― うん、そうね。確かに。
やっぱり僕も思うんだけど、
制作部が忙しすぎるなと思って。
だから、バタバタしちゃって
一歩一歩頑張れないっていうか。
あ、こっち次考えなきゃとか、これやってるのに
こっちのこともやんなきゃいけない、
あっちのこともやんなきゃいけないみたいに
なると、確かに1本への愛が薄れていく
感じはある。

渡邊愛を持ちたいけど、
愛を持てないっていう状況の人もいると
思うんですよ。

―― そうだよね。

渡邊っていうか、ほぼそれな気がする。
これができてよかった、
この人とこういう思い出ができたとか、
それを持てない状況にある。

―― そこが結構大きな原因かもね。

渡邊うん。
そもそも根本で(愛を)持てない人はできないくらい
大変な仕事だと思うし。

―― 僕、制作時代は三本並行とか普通で。
めちゃくちゃ大変だったけど、
下にもアシスタントが
ついてくれるから、
A、B、Cそれぞれの案件で一緒に
やりきる感じにちょっとやりがいもあって。
「自分、頑張っててかっこいい」みたいな
気持ちも正直あった。
でも、不思議と一本一本への愛は
減ってなかった気がするんだよね。
たぶん、助けてくれる人がいたからかも。
ただ、制作会社って本当に人手不足で、
どんどん人が辞めちゃう。
今っていろいろ考えなきゃいけない時代に
なってるよね。
採用はしても、続かないのが現実で。

渡邊難しいっすよね。
なんか僕ら、監督からしたら、
やっぱプロダクションマネージャーって
毎日電話するじゃないですか。

僕はほぼ毎日電話しちゃうから。
やっぱり僕からしたら、すごい大切なパートナー
ぐらいな気持ちでいます。

その日のお互いの感情がわかるくらい。

僕も余裕がない時もありますが、
せっかくだったらその人にも、
すごくいい仕事だったなとか、

僕と仕事していい仕事だったなと思ってもらいたいな
と思って仕事してますけど。
やめられると悲しいし。
その子自身が案件に対してやっぱ愛が薄いのを
少しでも感じちゃうと寂しい気持ちにも
なりますし。

―― 寂しく感じちゃいますよね。
では、広告会社に対してはなにかありますか。

渡邊なんでこうなっちゃったんだろ。。みたいなことが
時々ありますよね。。
進めていくうちに企画の本質だった部分が
なくなっちゃった。みたいな。

―― なんでこうなっちゃうんだろうな。
みたいなことあるんですかねぇ…

渡邊ディレクターには見えない
「ブラックボックス」みたいなものが、
どこかにあるのかなって、思っちゃうくらいに。

なんか、そういうのがあるのかなって感じるときが
あるんですよ。
……いや、ちょっと言い方違うかもしれないですけど。
なんでも経緯とかディティールも
全部話してもらえれば良かったのに。
とは思ったりすることはあります。
恐れ多いですが。

―― なるほど。
広告主に対してはどうですか?

渡邊ご時世的にも色々な広告物作る上での制約もあるし、
色々大変そうだなと。
あとは調査って意味あるのかなってのは
稚拙ながら思います。
あれって、誰が言ってるんだろうというか。
なんか勿体無いなって。
それをすればもちろん表現の幅が
なくなるに決まっているし、
悪い意味の分かり易さしか残らないというか。

―― それは、極端に分かりやすくし過ぎなくて
いいってことですかね。
説明を全部しなくてもいいんじゃない
ってこと?
説明過多になりすぎなくていいんじゃない
ってこと?

渡邊そうだったり、
やっぱりすごい最大瞬間風速が高いものを
狙いがちな時もあるじゃないですか。
まあ、やっぱ広告って、もちろんそれが大事な時も
あるけども、広告は文化だという時代に…
これ全然時間足りないですね(笑)

―― ありがとうございます。
では最後に聞かせてください。
広告業界って、ちょっと大変そうって
思われがちかもしれないですけど、
逆に中高生とか
大学生くらいの子たちが、
「広告って面白そう」とか、
「CM作ってみたいな」
「グラフィックやってみたい」
って、
キラキラしていると思ってくれるように
するには、何が必要だと思いますか
ディレクターとしてでもいいし、
渡邊哲さんご自身としてでも大丈夫です。
どうすれば、そういう子たちがもっとこの世界に
興味を持ってくれると思いますか?

渡邊やっぱり、いい広告を作るのが
大前提だと思うんですよね。
僕も昔、CMを見て、心がぐわあってなって、
その感覚が自分の中に根付いて、
新しい感情を学んだりした経験があって。


やっぱり「いいもの」を見た記憶がずっと残ってる、
感情が残ってるというか、そんなCM作りたいな
って思います。

そう考えると、とってもとっても
ロマンチックな仕事だと思うし。

で、今の若手が嫌がるのって、
やっぱり「前例踏襲思考」だと思うんです。
昔はこうだったとか、そういう考え方が
強いと思うんですよ、特に映像業界って。


でも、広告って時代を反映していくものだから、
僕たちは進歩主義的にいろんな現場や
考え方をどこよりも先に見直していかなきゃ
いけないと思うんです。

それが、さっき言った労働環境や時間、
お金の問題とも繋がるんだと思いますけど、
なかなかすぐには変わらない部分
でもありますよね。

全体的に大きなムーブメントにならないと。

でも、そういう中でも「これが当たり前だよね」
っていう考え方が一番よくないんじゃないか
と思います。
その思考が若者からしたら
嫌なんじゃないかなと。

―― 最後の最後に一個だけ聞きたいんですけど。
CMのいいものと、クライアントにとって
いいもの(売れるもの広告)とはイコールになる
と思いますか?

渡邊イコールになるんじゃないですかね。
なぜかっていったら、
印象に残ってるっていうことは、商品だったり、
企業の価値が、少なからずも植え付けられて
いるはずだと思うし。

もちろんイコールじゃないものもたくさんある
と思いますけど。
そもそも広告がすべてじゃないと思うし。

ただ、やっぱその商品の裏の
企業の理念みたいなこととかも、
やっぱり広告映像を作る上で、
すごい大切じゃないですか。


どういう眼差しで社会を見ているとか、
どういう姿勢なのかとか、そういうものが伝わる
映像はいい映像な気がするから、
イコールになるんじゃないかと信じて映像を作る。

じゃないと、CMディレクターやってらんないなと思う。

―― わかりました。
ありがとうございました!

渡邊 哲(わたなべ さとし)

映像監督 / 撮影監督 / 写真家 / 文化服装学院特別講師 / hoth inc.代表取締役 / nuro studio 代表取締役
立命館大学卒業後、株式会社七十七銀行を経て、映像業界へ転身。
2015年、DRAWING AND MANUALに参加したのち、2021年にhoth株式会社設立。
様々なジャンルのTVCM、MVを手がけるほか、写真家として、広告、ファッション誌、CDジャッケット、アーティスト写真など幅広く活動。また、撮影監督としても数々の作品に参加している。

受賞歴 :
・第15回 ヴェネツィア・ビエンナーレ特別賞
・‘21 ACC フィルム部門 Aカテゴリー(テレビCM)ゴールド賞 & ディレクター賞 ヤマトグループ 企業広告

  • 聞き手/株式会社ギークピクチュアズ
    プロデューサー
    小澤 祐治
  • 記事公開日/2025.6.2
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